五島列島の小島と教会[1] (2022.5.8)

(β版) 

☆期日/天気/山行形式: 2022年5月8日/晴/3泊4日島巡り1日目
☆地形図(20万分1): 福江
☆まえがき
   五島列島の旅は久し振りの空の旅での始まりました。
羽田から長崎までは高空を飛ぶエヤバスのジェット機でしたがその先は双発プロペラ機に乗り継ぎ、五島福江島まで低空飛行の眺めを楽しみました。

 五島空港の先は小振りの貸切バスで移動しましたが、新緑の海辺の道を走っていってまず訪ねたのは、島の北東部にある堂崎天主堂でした。
五島で最も早く天主堂が建てられた場所は静かな入江の水際で、現存の教会堂はどっしりしたレンガ造りで、キリシタン関係の様々な遺品を展示していました。

 二番目は島の北部にある水ノ浦教会でした。
水ノ浦湾に臨む高台の上に立つ白亜の教会堂は秀麗で、五島の教会建築の棟梁として有名な鉄川義助が残した木造天主堂の中で最高の傑作と言われています。
静かな入江を見渡す教会堂の前庭で素晴らしい展望を楽しみました。

 バスはさらに西に進んで、島の西岸にある高浜海水浴場を訪ねました。
対馬海峡に臨む白砂の浜の先にはコバルトブルーの海が広がり、寂寥感が漂うほどの静謐な景観との対話を楽しみました。


高浜海水浴場  (画像をクリックすると拡大スクロール)

☆ルートの詳細

ルートの詳細図
    (下の縮小画像をクリックすると元図が表示されます)


★このルートマップは Windows アプリの "カシミール3D" に国土地理院新版淡色レベル16 を読み込んで作成しました。
GPS軌跡の記録とマーカー座標の補正は Android アプリ "山旅ロガー"と"地図ロイド" を使用。
トラックポイントの偽ジャンプ除去等による修正や不要部分のトリミングなどには Windows PC 上で動作する山岳景観アプリ: "カシミール 3D" を使用しました。

 ルートの詳細を伝達できる解像度を確保するため元図サイズが巨大になることがあります。
ダウンロードしたら適宜縮小するか、あるいは必要部分を切り出してご自分用の画像ファイルを作り、端末で表示したり印刷してハードコピー作ったりしてご利用ください。
 縦横比は維持していますが縮尺は不正確(あるいは不定)です。
国土地理院の 1/20万 地形図と照合するなどによって推定してください。



 GPS軌跡・地点マークのダウンロード
★上のルート図の GPS 軌跡と地点マーク情報をまとめた kml 形式ファイルを ZIP 形式アーカイブにしました。
要すればルート図の復元にご利用下さい。


<行動時間>

   宮崎台[5:45]=(東急線)=溝の口=[6:16]大井町[6:22]=(JR京浜東北線)=[6:32]浜松町[6:35]=(東京モノレール)=[6:59]羽田空港第2ターミナル-(7:30 2階 出発ロビーに集合 参加17名+添乗員)-(搭乗手続き)-羽田空港[8:30]=(ANA661 A321 )=[10:25]長崎空港[11:34]=(ANO4675)=[12:15]五島福江空港[12:30-3]=(専用バス+五島三島観光のガイド)=奥浦町無料駐車場(12:50)-堂崎天主堂(12:54/13:13)-駐車場(13:20/30)=水ノ浦教会(14:05/30)=高浜海水浴場(14:46/15:25)=道の駅みいらく万葉村(15:32/47)=[16:20]GOTO TSUBAKI HOTEL-カンパーナホテル内レストランで夕食(18:00~19:30)


☆ルートの詳細
  羽田から2時間ほどで着いた長崎で乗り継いだローカル便は双発プロペラ機で、五島福江の町外れにある五島つばき空港に到着するまで40分程の "低空飛行" を楽しみました。

 搭乗機は左のように高翼の DHC8-Q400 で下方の視界が妨げられず、低空から見る地上眺めを存分に楽しみました。

 福江空港は、2000m 滑走路一本とこじんまりしたターミナルビルだけの簡素な空港で、現役時代にしばしば訪ねたアメリカの田舎の空港とよく似ていました。
空港ビルの玄関先で待っていた専用バスに乗り継いでツアーを開始しました。

  地元案内人の解説を聴きながら福江の街を通り抜けて北に向かい、島の北東部の入江の小さな村に着きました。

  入江に面した小さな駐車場から堂崎教会堂へゆく道の右横は静かな入江でした。

  堂崎教会堂の入り口にには長崎県有形文化遺産の標柱が立っていました。

  ここは江戸時代のキリスト教禁教令が廃止(1873年/明治6年)されたあと、五島列島で最初(1879)に建てられた木造教会堂の敷地です。
現存する建物は1908年(明治41年)に完成したもので、1974年(昭和49年)に長崎県指定有形文化財になりました。

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 現在は堂崎天主堂キリシタン資料館として、隠れキリシタンの受難の歴史に関わる様々な遺物が展示されていて、布教時代から迫害を経て復活に至る信仰の歴史が展示されています。
 帳方(隠れキリシタンの役職者)に受け継がれてきた「お帳(太陽暦)」(1634年)、ド・ロ聖教木版画(長崎県指定文化財[7])などの資料のほか、五島出身の二十六聖人のひとり聖ヨハネ五島の聖遺骨もマカオから里帰りして安置されています。

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  建物の内部はヴォールト天井を持つ美しい空間になっていますが展示品も含めて撮影禁止のため自前の写真がありません。
僅かに前庭に立っている説明板に添えられた画像のができただけでした。

 ネット上に公開されている写真も外観や周囲の景色ばかりで内部のはほとんどなく、僅かに 堂崎天主堂キリシタン資料館 | 「おらしょ-こころ旅」(長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産)に出ているものくらいしかありませんでした。

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  堂島天主堂をあとに一旦福江の町外れまで戻り、右折して西北に進み、水ノ浦教会に向かいました。

 水ノ浦教会のお堂は福江島北部の大きな湾入の脇の深い入江に面した高台の上にありました。
 最初の水之浦教会は、1880年にパリ外国宣教会ザルモン師によって創建されものですが、1902年に堂崎小教区から分離・独立して水の浦小教区を設立した後、1938年に鉄川与助の設計施工によって現存の教会堂に改築されたということです。
ロマネスク・ゴシック・和風建築が混合した白亜の美しい教会堂は、木造教会堂として最大の規模を誇ります。

  教会堂横の奥手にある修道院(お告げのマリア修道会水の浦修道院)もなかなか大きな建物でした。

 この後で訪ねた教会のいくつかにも併設の修道院や子供養育園を持つものがありました。
医薬や生活の救済など、現実的な利益を伴って布教活動が行われたことは仏教とよく似ています。

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  教会堂の裏手には、明治の初めの五島キリシタン弾圧の牢の跡があり、まわりの斜面は日本26聖人の一人 聖ヨハネ五島の像が立つ園地に整備され、素晴らしい展望所になっていました。

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  園地の奥手の高みに立つと、白亜の教会堂と修道院と、その背後に広がる入江と、日本離れした美しい景色でした。

  水ノ浦をあとに福江島の西海岸に向かいました。
所々に麦畑が見える海沿いの道を南下して行った先で魚籃観音の脇にある峠を越すと高浜海水浴場の白浜が見えてきました。

(画像をクリックすると拡大)

  西に面している白浜の海は 5Km ほど先に横たわっている嵯峨島に守られ波静かでした。

浜の右手の岬の突端の高みには魚藍観音が立ち、大漁と航海安全を祈っていました。

 湘南の海水浴場と大違いであたりに人工物がほとんど見えない海の景色は奥山で見る景色と似通って心安らぐものでした。

  早朝に出発して九州の西の辺境まで、長駆 1,000Km 超の空の旅のあとバスで福江島の中を 100Km あまり移動する長旅の一日を終えて福江に戻りました。

 この夜の泊まり場は福江港に面したホテル。
港に面した客室からは港が一望で、大小様々な船が盛んに出入りしていました。
この島への人流・物流の殆どは海上輸送に頼っていることが良くわかりました。

福江港の景色  (画像をクリックすると拡大スクロール)

  夕食前の空き時間を利用して宿の近くを散歩しました。

 宿から5分ほどの所に旧五島藩の福江城跡があり、石垣や水堀が残っていました。
城内には昔のお城の雰囲気が残っていて、図書館、文化ホール、高校などがあります。

 左の写真は城の守護神を祀る神社の入り口に立っている鳥居です。

 夜は隣接するホテルのホールで地産の魚や野菜を生かした料理のご馳走にあずかりました。


<補足情報>

Googleフォトアルバムを見る
 ★撮影地点の経緯度情報が付いた元画像のアルバムが見れます。


☆おわりに
    五島列島ツアーは久し振りの空の旅でした。
羽田から長崎までは Airbus A321 双発ジェット機でしたが長崎で乗り継いだ五島福江空港行は DHC-8-Q400型 双発プロペラ機でした。
近距離路線ということもあり、低空を飛んで行く機上からの景色が綺麗で楽しい空の旅でした。

 大昔の現役時代、広島に出張するときは羽田から双発高翼プロペラ機(Fokker F27 Friendship)に載ってゆくのが定番でした。
高翼機のため視界が妨げられず、低い所を飛んで行くので下界の眺めがよく、特に瀬戸内の上空を進んでゆく所は絶景の連続でした。
 また、1980年前後のアメリカでは田舎の短距離空路の多くで双発プロペラ機(Convyer 580?) が運行されていました。
低空をガクガク揺れながら飛んでゆく途中、下の方に見えるアメリカの田舎の景色が綺麗でした。

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